めも

なんかつらいし、でも楽しいこともあるからとりあえずはやっていけてる人のメモ的なもの。文章力と語彙力はない。

大切な人と再会できたこと

 

タイトルの通り、大切な人と再会できたので、忘れないように留めておこうと思う。

ただし会ったのは9月の出来事。年明けにまた会えるかもしれないし、会えないかもしれないので、その時のためにも一度書いておく。

私が馬鹿なので胸くそ悪い部分が多いと思うので、この記事を読む人がいたら注意。

 

 

9月。私は大切な人と2年ぶりに会えた。全然久しぶりじゃないじゃないかと思われるかもしれないが、正直もう二度と会えないと思っていたので、2年ぶりの再会はとてもとても嬉しかった。

 

会えなくなった、というか会わなくなった理由は私に彼氏ができたからだ。とはいえ、彼氏と付き合っていた1年半の間、一度も彼氏ができたことは伝えず、連絡は取り続けたが会うことは避けていた。

しかし、今年の1月。引きずり続けた気持ちに区切りをつけるために会うことを決心した。向こうも了承してくれ、あとは会う日を待つばかりだった。

だった、ということからわかるように私たちは会えなかった。当日、向こうが風邪を引いてしまったのだ。

「うつしたら悪いから。また今度会おうよ。」

嬉しい言葉のはずなのに私は、このまままたこの気持ちを引きずりながらほかの人と付き合っていくのかと勝手に焦り、彼氏ができたことをついに伝えた。加えて、もう会えないとも。正直、なにしらの反応も期待していた。

しかし返事はあっけなく、けれど当然のように、「おめでとう。お幸せに。」とだけだった。

 

自業自得だな、と思った。私が気持ちの整理をつけないまま、楽な方に流れたから。もう会えないなんて言わなきゃよかった。こんなことで絶望して、彼氏がこのことを知ったら絶対悲しむ。そもそも彼氏に申し訳ない。色んな思いがぐるぐる頭の中で回っていた。

 

 

それから私は彼氏のスキンシップに応ずることが出来なくなった。もちろん性交渉も。

申し訳なさも後ろめたさも、昔からあったものだったが(この時点でおかしいのだけど)、ただ触れてほしくないという嫌悪感に近い気持ちがあった。

しばらくして、私の方から彼氏に別れをきりだした。彼氏はそれに了承した。

 

それから、とくに変わらない日々と、未だに心の中にある大切な人への想いを引きずり続けた。

見かねた友達が、連絡することをすすめてくれた。このままだと誰と一緒にいても一生引きずり続けると思ったので、意を決して連絡してみた。すると、案外普通に返事が返ってきて拍子抜けした。それに、会ってくれるとも言ってくれた。それだけで救われたような気持ちになった。

 

会えた時間はとても短かった。向こうの仕事の都合だったし、私はただその人の買い出しとお昼に付き合ったくらいだったが、とてもとても濃い時間だったように思う。

伸びて黒くなった髪。肩をすくめて歩く仕草。わざわざ切符を買ってくれたこと。電車の待ち時間に話したこと。電車で並んで座ったこと。変わらず同じタバコを吸っていたこと。タバコ、吸ってるの?と聞かれてとっさに嘘をついてしまったこと。笑ったときのしわ。待つのが苦手なこと。二人して手が乾燥していてレジ袋が開けなかったこと。ロイホに行ってみたいと言ったこと。パスタが苦手なのに私に合わせて食べたこと。ブルーチーズが苦手なこと。相談にちゃんと返してくれたこと。会いたかったからと小さく言ったら聞き流されてしまったこと。帰りも切符を買ってくれたこと。引っ越すけどまた会おうと言ってくれたこと。じゃあねと別れたこと。

 

色んな新しい発見もあった。同時に、知っていたけど忘れていた記憶をなぞるような思い出していくような感覚があった。

私は、やっぱりこの人のために何かしたいし、誰よりも幸せになってほしいとつよくつよく思った。

 

これが恋愛なのか博愛なのかわからない。正直どちらでもいい。

次また会えたとき、今度はもっと色んな、どうでもいい話も自分の話も、この気持ちも、言えたらいい。もっと、あの人の見たことや聞いたことや好きなことや苦手なことも沢山聞けたら嬉しい。

きっと、今日も寒がっているから、暖かくしてほしいし、無理しすぎないで生きていてほしい。

 

もし会えたらまた、忘れないように記事をかくかもしれない。

 

 

 

ひたすらに諦めている

 

 

この間、フィールドワークで訪れた場所を管理してる80代の夫婦と帰り際にお話をした。

 

話といっても管理している場所の話じゃなくて、他愛もない世間話だ。そしてわたしは話し下手なので聞く側に回ることが多いのだが、今回も例によってほとんど聞く側だった。

年齢や出身地などなどの違いから話す話題は限られてくるが、多分年上の人と話すとほぼ必ず出てくるであろう話題。

 

 

今の若者は…という話題である。

 

 

ほぼ必ず出てくるとか言っているが、この話題を振られたのはわたしは初めてで、あ〜Twitterやらなんやらでよく見るやつ、本当にあるんだなあ〜と思いながら聞いていた。

 

しかし話を聞いていて、わたしはだんだん暗い気持ちになった。

 

 

なぜかというと、わたしとあの方たちの時代も状況もなにもかもが違うからだ。

家柄も時代も。

 

 

わたしは自由ではないし、努力しても報われる保証も無く、したいことも現実を前にすると薄れていってしまうような。ひたすらに諦め続けてきた人間なのだと思った。

 

対して、戦争も経験して豊かになっていく過程に生きていた人たちは、努力したらしただけ報われ、報われた分の時間とお金を使ってしたいことをして、諦めずに歯を食いしばって生きてきたのだろう。

さらに、わたしがお話しした夫婦は昔から続いていた商売の家で、そういう家の苦労はしてきたと思うが、わたしのような普通以下の家庭の苦しさは知らないのだろうなと勝手に想像した。

 

 

それをわかって話してくれるならいいが、向こうはテンプレートみたいにわたしたち若者は便利なものたちが無いと生きていけない、苦労も知らない人だと思って話していた。

 

なんだかなあ。

苦労の方向性とかが違うだけだし、苦労かどうかは本人が決めることで、決して他人が苦労してる・してないを判断するものではないのだけど、なんの悪意もなくそう判断する人もいる。

 

出来ることなら大人たちに、わたしたちは惰性でぬるま湯の中を生きているのではなく、上がることができないから、自分の力ではどうしようもできないから、傷つきたくないから諦めてしまっているんだと知ってほしい。

 

まあでも、他人の気持ちを全部理解するなんて無理だしなあと、また諦めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人の楽しそうな姿が腹立つ時期

 

30分くらい前から人の楽しそうな姿が腹立つ時期、というか時間に入ってしまい、突発的に記事を書くことにした。

こういう時期は最近はそうでもないけど、定期的に訪れるもので、ここ数年の原因はほぼ同じ。今回もまたそうだ。

 

原因は元彼。今回は彼のインスタのストーリーが原因だ。

 

 

 

まず、元彼と私の状況をできるだけ簡単に書いておく。

彼は誰に対しても気を使い、優しくて話も面白く、友達が多くて、賢く、多分プライドもそれなりに高かった。

特に仲が悪かったわけではないが、わたしの行動や性格について怒られることが多く、わたしはなんと返したらいいかわからなくてよく泣いた。1年半ほどお付き合いした。向こうは私のことをとても好いていたし大切にしてくれた。

別れようと口に出したのは彼だが、原因を作ったのは自分だ。(別れた原因についても気が向いたら記事を書こうと思う。)

 

 

別れた後もたまにお互いが好きな猫や赤ちゃんの動画を送りあったり、物の貸し借りなどがあった。

そして前述した通り彼は友達が多い。恐らくだが傷付いたのをどうにかごまかす・癒すために友達とよく遊んだりご飯を食べに行く様子をSNSにアップしていた。

 

ただの男友達ならいいが、彼は女友達も多い。同じ大学なのでたまに女の子と2人でいる姿も見てしまうし、SNSには女の子との動画やら写真やらをあげるし、だいぶ自分が気持ち悪いが女の子のアカウントに飛んでみると2人の自撮り写真もあったり。

 

そんなのを見ると、自分は不幸だと思っている被害妄想女は『女おるやんくそ』と思ってしまう。

 

 

そして今回。今回は近くのお祭りに夜女の子となんとかスピナーを片手に歩く動画をストーリーにアップしていた。音声には楽しそうな声が入っていて、正直聖杯を呪うしかないし、ソウルジェムも濁りまくりで魔女化待ったなしだった。

 

 

 

本当は彼が楽しそうにしている姿を見て、自分も頑張ろうとか、楽しそうでなによりとか思うべきなのだろう。というかそもそもその女の子たちが彼を狙っているとか彼女だとかそんな証拠はどこにもない。

 

けれどわたしは、彼に自分と同じ悲しさや苦しさや惨めさや悔しさを味わって欲しいと思ってしまう。

多分かれはそれらを経験しているけれど、それでも、『どうしてわたしは今つらいのに、どうして』と被害妄想を爆発させてしまうのである。

 

こんなのが付き合ってる時にもあったりした。

重いけど、わたしは女友達だけでなく、男友達にも嫉妬するようなやつだった。

 

 

 

しかし反省はすれど、治す気力はないし治る気もしない。

それにこんなこと書いといて、寝たらどうせ怒りとか忘れるタイプなので。

 

今この記事をかいていて幾分か怒りは治った。多分また、こういう気持ちになってしまうんだろうなあと思う。

こういう気持ちが少しでも減ったら少しは生きやすいのにな。